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宇都宮地方裁判所大田原支部 昭和51年(ワ)125号 判決

原告 白井三夫

被告 国 外一名

主文

一  被告白井は原告に対し金二七二〇万円及びこれに対する昭和五一年九月二四日からその支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告白井に対するその余の請求及び被告国に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告白井との間においては同被告の負担とし、原告と被告国との間においては原告の負担とする。

四  この判決は原告において金二五〇万円の担保を供するときはその勝訴部分に限りかりに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告らは各自原告に対し金三〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日からその支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  被告白井

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  被告国

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和三〇年一一月一日被告からその所有にかかる別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という)を含む二二筆の土地の贈与を受けた。

2  原告は宇都宮地方法務局芦野出張所に対し右土地について被告から原告に対する所有権移転登記を申請し、これは同月二八日受理され、原告は同日同庁から、同庁が同日受付番号第八〇九号、順位番号第五番を以てこれを受付け、登記済となつた旨の記載のある登記済証の交付を受けた。

3  ところが本件土地については登記官の過誤により原告に対する所有権移転登記が実行されなかつた。

4  被告白井は昭和四七年九月二〇日、同人が依然本件土地の所有権の登記名義人であることを奇貨として、これを訴外仲上力蔵に売却し、同人のため同法務局那須出張所同年一〇月一四日受付第一九四八八号を以て所有権移転登記を経由した。

5  右売却当時の本件土地の価額は三〇〇〇万円を下らない。

6  よつて原告は不法行為を理由に被告らに対し損害賠償として金三〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日以降その支払ずみまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告国

請求原因1の事実中被告が原告に本件土地を贈与したことは認めるが、その余は不知。

同2の事実中原告主張の登記済証が存することは認めるが、その余は不知。

同3の事実は不知。

同4の事実中「奇貨として」の部分は不知、その余は認める。

同5の事実は否認。

2  被告白井

請求原因1の事実中被告白井が原告に対し本件土地を除く二一筆の土地を贈与したことは認めるが、本件土地を贈与したとの点は否認。

同2、3の事実は認める。

同4の事実中「奇貨として」の点は否認、その余は認める。

同5の事実は否認。被告白井が仲上に売却した代金が一五〇〇万円であることからしても原告主張の価額は高すぎる。

三  被告国の抗弁

1  本件において登記官にかりに違法行為があつたとすれば、それは登記官が申請にかかる登記事項を登記簿に記入しないという不作為であるところ、そもそも登記官のなす登記申請に対する手続行為は登記申請の受理、申請書類に対する調査、登記簿への記入、校合、登記済証の作成交付という過程を経て完了するものであり、それ故登記済証の交付がなされている本件においては遅くともこの登記済証交付の時点(申請日と同日の昭和三〇年一一月二八日である)までに登記記入を行わなかつたことにより、これが不作為は違法な行為として成立したものと解すべきであり、そうするとこのときから既に二〇年を経過した後である昭和五一年五月二四日に至り初めて原告から被告国に対し損害賠償請求がなされた(当裁判所昭和四九年(ワ)第一四五号事件において原告から訴訟告知を受けた。)にすぎない本件では原告の被告国に対する本件損害賠償請求権は除斥期間の経過により既に消滅している。

2  かりに被告国に本件につき損害賠償責任があるとしても原告にも損害発生につき次のような過失があるから被告国の賠償額を算定するについて斟酌されるべきである。

(1)  原告は本件土地等についてその主張の登記申請手続をした際登記済証と同一の登記がなされているか否かについての確認をすべきであつたのにこれをせず、またその後贈与を受けた土地のうち那須郡那須町大字寄居二五〇八番二〇及び同所同番二二の山林二筆を訴外大島康男に売却し昭和四四年五月一七日付で同人に対し所有権移転登記を経由しているが、この機会にでも本件土地の登記簿を閲覧又はその謄本の交付を受けるなどして調査をしているならば、容易に本件土地についての登記の遺漏が発見でき、本件損害の発生も未然に防止できたはずであるのにこれを怠り、贈与を受けた後一七年もの長い間財産保全措置をなおざりにしてきたことには重大な過失がある。

(2)  那須町においては昭和四六年に固定資産課税台帳と登記簿の照合を実施し、課税台帳上の所有者と登記簿上のそれを一致させる作業をした結果本件土地についても課税台帳上の所有者が原告から被告白井に変更されたが、そのため昭和四六年度における原告の固定資産税納付額が金二万八五〇〇円であつたのに昭和四七年度にはそれが二万四七九〇円となり前年度と比較して減少しているのであるから、原告において直ちにこれに不審を抱き、町役場等に調査、照会すべきであつたし、またこれが措置を講じているならば容易に本件土地に係る登記の遺漏が発見し得たはずであるからこれを怠つた原告には本件損害の発生につき重大な過失がある。

四  抗弁に対する原告の認否

1  抗弁1の主張は争う。

登記官は登記簿上利害関係を有する第三者が出現するまでは申請に基づく登記を実行する義務を免れないのであり、従つて本件では訴外仲上に対し所有権移転登記がなされた昭和四七年一〇月一四日までは登記官の違法行為が継続していたものと解すべきのみならず、民法第七二四条後段の二〇年の期間の起算日も加害行為(違法行為)のときではなく損害発生のときと解すべきである。

2  抗弁2の主張も争う。

適法な登記申請をしこれが受理されればその登記手続が終了することは当たり前のことであり、それが誤りなくなされているか否か等についてことさらに調査などしないのが平均人の常識である。殊に原告は肩書地において農業を専業する者であり不動産取引等については不案内な生活をしている者である。また固定資産税も所有不動産に一括して課税されるので年度によつてその額に多少の変動があつたとしてもこれに対し殊更疑問をもたないのが通常である。

第三証拠〈省略〉

理由

一  原告の被告国に対する請求について

請求原因1の事実中被告が原告に本件土地を贈与したこと、同2の事実中原告主張の登記済証が存することは当事者間に争いがないところ、この事実といずれもその成立に争いのない甲第一、第三号証、原告本人尋問の結果及びこれによりいずれも真正に成立したものと認められる甲第五号証の一ないし六、第七号証の一ないし九並びに被告本人尋問の結果によれば、請求原因1ないし3の各事実を認めることができ、被告本人尋問の結果中これに反する部分はたやすく信用できず、そして他にこの認定を左右するに足る証拠はなく、そしてこの事実からすると宇都宮地方法務局芦野出張所の登記官が過失により一括申請された二二筆の土地のうち本件土地についての登記を脱漏したことが明らかであり、これが違法であることはいうまでもない。そして登記官のする登記行為が国の公権力の行使にあたることもまた多言を要しない。

そこで被告国主張の抗弁について判断する。

国家賠償法第四条により国の損害賠償の責任についても適用がある民法第七二四条の規定によれば、不法行為による損害賠償請求権は不法行為の時より二〇年を経過したときは除斥期間の満了により消滅し、そしてこれが二〇年の期間の起算点は文字どおり不法行為の時(損害発生の時ではない。)と解すべきところ、前記事実からすると本件土地を含めさきに原告から一括登記申請のあつた二二筆全部について、その登記申請の当日(昭和三〇年一一月二八日である。)原告に対し登記済証が作成交付されているというのであるから、これを以てこれが登記手続は完了したものというべきであり、従つてさきの登記官の本件土地についての登記の脱漏という違法行為も同日なされたものというべきである。

ところでこの点につき原告は登記簿上利害関係を有する第三者が出現するまでは登記官において申請に対応する登記を実行する義務を負つていることを理由に、本件土地についても訴外仲上のため所有権移転登記がなされた昭和四七年一〇月一四日まで登記官の違法行為は継続していた旨主張するところ、なるほど不動産登記法第六三条、第六四条によれば、登記完了後に登記の遺漏(脱漏も含む)あることが判明し、かつこれが登記官の過誤によるときは登記上利害関係を有する第三者がいない限り登記の更正をなすべきことを登記官に義務づけているが、この規定は、原告主張のように申請に対応する登記がなされない間は利害関係人が現われない限りいつまでも登記官において登記義務を免れないからこれが申請に基づく登記手続(行為)は完了しない(従つてこれが登記がなされない以上不作為による登記官の違法行為が継続する)といつたことを前提としたものではなく、同法第六三条が「権利に関する登記を完了したる後」と規定しているところからするとむしろ登記の遺漏という登記官の違法行為が既になされたことを前提として、これが判明した以上可能な限り速やかに申請に対応した登記をなすなどの是正措置を講ずべきことを求めた規定と解される。そして是正措置としての登記をいつまでなしうるかということと登記の遺漏という不作為による登記官の違法行為がいつ成立したかということとは一応別個の問題であるから右の各法条は原告の主張の根拠とはなり得ない。のみならず一般に法令に基づく申請に対応する行為がなされない場合これが通常であればなされたであろう期間内にそれがなされなければ違法になる(従つて不作為による違法行為が成立する)ものというべきところ、およそ登記官の登記申請に対する手続行為は被告国主張のとおり、〈1〉登記申請の受理〈2〉 登記申請書及びその添付ないしは付属の書類に対する審査 〈3〉登記簿への登記申請事項の記入 〈4〉校合 〈5〉 登記済証の作成交付という一連の過程を経て完了するものであり、〈4〉、〈5〉の段階以前に〈3〉の行為が通常なされる筈であり、またなされるべきであるから、これがなされないまゝ既に申請当日最終段階である登記済証の作成交付までなされている本件においてはこれを以て登記の脱漏という不作為による登記官の違法行為は成立し、かつ完了したものと解すべきであり、原告主張のように申請に対応する登記が実行されない以上その後も長く違法行為が継続しているものと解すべきではない。

従つて原告のこの点の主張は採用できない。

そうすると本件においてはさきの二〇年の期間は、前記登記官による違法行為がなされた昭和三〇年一一月二八日から起算することとなるが、この二〇年の間原告が被告国に対しこれが違法行為を理由に損害賠償請求権を行使した形跡のみられない本件においては、これが損害賠償請求権は昭和五〇年一一月二八日を以て除斥期間の経過により消滅したものというべきであるから原告の被告国に対する本訴請求は失当である。

二  被告白井に対する請求について

請求原因1の事実中同被告が原告に対し本件土地を除く二一筆の土地を贈与したことは当事者間に争いがないところ、この事実とその成立に争いのない甲第一、第三号証、原告本人尋問の結果及びこれによりいずれも真正に成立したものと認められる甲第五号証の一ないし六、第七号証の一ないし九並びに被告本人尋問の結果によれば、原告はその主張の頃被告から本件土地の贈与を受けたことが認められ、被告本人尋問の結果中これに反する部分はたやすく信用できず、そして他にこの認定を左右するに足る証拠はない。

そして請求原因2、3の各事実及び同4の事実中「奇貨として」を除く部分はいずれも当事者間に争いがない。

以上からすると被告白井は本件土地を昭和三〇年に既に原告に贈与していたにもかかわらず、依然これが所有権の登記名義人が同人になつていたのを奇貨としてこれを訴外仲上に売却し、その結果原告の本件土地に対する所有権を失わせたことが明らかであり、これが原告に対する不法行為であることはいうまでもない。

それ故同被告は原告に対しこれによる損害を賠償する義務があるものというべきところ、鑑定の結果によれば原告が本件土地の所有権を失つた昭和四七年一〇月一四日当時の本件土地の価額は立木も含め金二七二〇万円であつたことが認められ、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。

よつて被告白井は原告に対し不法行為による損害賠償として金二七二〇万円及びこれに対する不法行為の後であり、かつ原告請求に係る訴状送達の日の翌日(これは記録上昭和五一年九月二四日であることが認められる。)からその支払ずみまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものというべきであり、原告の同被告に対する本訴請求はこれが義務の履行を求める限度で正当である。

三  結論

以上のとおり原告の被告国に対する請求は失当であるからこれを棄却し、同白井に対する請求は前記の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条但書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松井賢徳)

(別紙) 物件目録〈省略〉

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